2013年03月11日 (月) | 編集 |
3月11日、つまり今日は親父の命日。
四年前のこの日にお浄土に還りました。
だから、3月11日は特別な日です。

その2年後、三回忌を控えた2年前…。
或るスキーの文章にこんなのを書いたので、
少し長くなりますが、転載します。


「 三月に入ってからは、三笠の桂沢スキー場で練習を重ねた。
 目指す「技術選選手のような滑り」が近づく。
 軸を長くとって、内脚を畳みながらしっかりと谷回りをつくり、
 外脚の伸ばしによる受圧を行い、
 吸収したパワーを利用して次のターン方向への重心移動を行っていく。
 ぎこちないながらもできてきた。その喜びの中で…。
 下の子の中学校の卒業式を終え、家に戻って妻とコーヒーを淹れている時の事だった。
 2011年3月11日。
 親父の命日。
 翌日には、三回忌の法要を予定していた。
 気持ちの悪い横揺れが長く続いた。
 そう大きくはない。震度にして3程度だろう。
 だが、続けて同じような揺れ。長すぎる。
 釧路で震度6を経験している僕と妻は、すぐに只事ではないと悟る。こ
 の手の揺れは、遠い所で大地震が 起きた時のものだ。
 すぐにテレビで緊急放送が始まる。
 大津波警報が出ているが、石巻市の映像では特に大きな変化はない。
 この頃は津波警報が出されても、大きな津波が来たためしがなかったので、
 今回もそれらしいと胸を撫で下ろした。
 台所に行き、コーヒーを注いでTVの前に戻って見た映像に、
 とても現実とは思えない光景が映し出されていた。
 ライブ(生中継)で見る、黒い大波に流される幾多の車、船、家財…。
 波に揉まれる車の中に、人影が見える。必死で手を突っ張っている。
 波に追われて逃げる、車、車、人、人…。
 早く! 早く! 早く逃げて! 
 絶叫する僕と妻。
 声は届かない…。
 ライブの映像を通しての疑似体験。
 二万…? 三万…? 頭の中で想像を絶する数字を弾き出す。
 宮城に住む親友と連絡がつかない。
 
 毎日、繰り返される映像、音…。
 『ポ・ポ・ポ・ポーン』
 『こだまでしょうか…?』
 伝言電話に親友の連れ合いさんの声が入っていた。『二人とも無事です』と。
 生きていたか、と妻も涙。
 一週間後に、ようやく親友本人と電話で話すことが出来た。
 被災された方々は、僕らの想像を絶する傷を心に負ったことだろう。
 でも、ライブでTV映像を見てしまった数多の人々もまた、
 僕たちと同じにトラウマになったことだろう。
 大震災から丸二週間、全くスキーどころではなかった。」


被災された方々のしんどさは、あまりにも大変すぎて想像もつきませんが、
小生と同じような思いをされている方もたくさんいらっしゃることと思います。
思いを胸に、今年も祈ります。

そんな小生をノエルは今日も癒してくれます。
縮小版DSCF4165
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